この記事はネタバレを含みます。
引用元:新潮社
あらすじ
夏休みを迎える終業式の日。先生に頼まれ、欠席した級友の家を訪れた。きい、きい。妙な音が聞こえる。S君は首を吊って死んでいた。だがその衝撃もつかの間、彼の死体は忽然と消えてしまう。一週間後、S君はあるものに姿を変えて現れた。「僕は殺されたんだ」と訴えながら。僕は妹のミカと、彼の無念を晴らすため、事件を追いはじめた。あなたの目の前に広がる、もう一つの夏休み。
引用元:新潮社
以下ネタバレになります。
事件の真相は?
動物の変死体の犯人はS君とおじいさんでした。
S君は自ら命を絶ち、おじいさんがS君の身体を持ち去りました。
孤独と虚しさからS君は動物を手にかけていました。
その死骸を同類のおじいさんにプレゼントし、おじいさんが足を折っていました。
死骸の口に石鹼が詰められていたのはダイキチが死骸を持っていかないためでした。
夏休み明けの演劇会にどうしても出たくなかったミチオは終業式の朝にS君の家に訪れ、S君に自殺をほのめかす発言をします。
S君はその後おじいさんに自分の家にマークがついた手紙を手渡し、自ら命を絶ちます。
ミチオは朝のこともあって学校に来なかったS君が気になり、プリントを届けにS君の家に行くと首つり現場を発見。
ミチオがS君の家を去った後に、おじいさんは最後のプレゼントを受け取ります。
持ち去る際に遺体遺棄がバレるのが怖くなったおじいさんはS君の自殺の痕跡を消し、行方不明に思わせることにしました。
しかしすでにS君の首つり現場を見られていることを知ったおじいさんは次に「他殺説」を思いつきます。
他殺であれば自身の遺体遺棄がバレる可能性は低いと考え、
「他殺説」をS君の母親の美津江や警察、ミチオにそれとなく吹聴しますがあまり意味はありませんでした。
おじいさんの犯行はミチオに全て暴かれてしまいます。
ミチオはS君の死に自分が関与していることがバレるのを恐れていました。
トコお婆さんもおじいさんの被害者であることを知り、おじいさんに全ての罪をかぶせて消そうとします。
おじいさんが亡くなる寸前に聞いた音はミチオがダイキチの足の骨を折る音でした。
結果、動物の変死体やS君の犯人はおじいさんということになり罪の意識から自ら命を絶ったという結末で事件は収束しました。
「生まれ変わり」と「物語」

ミチオは「生まれ変わり」を信じ、現実逃避の為に「物語」を作っていました。
それが作中で叙述トリックになっています。
生まれ変わり
ミチオは4、5歳の時に祖父(父親の父)のお葬式の際にお坊さんから生まれ変わりの話を聞いていました。
母とまだ仲が良かった時期に、生前のトコお婆さんから軍荼利明王の蛇が生まれ変わりを意味することを教えてもらっています。
ミチオはその頃から仏教の輪廻転生の教えを知っていました。
ミチオは自分のイタズラのせいで母親のお腹の中の赤ちゃんを死なせてしまいます。
1カ月半で亡くなったお腹の赤ちゃんはまだ人の形をしておらず、ミチオはトカゲを見てミカの生まれ変わりだと思います。
作中ではトカゲのミカの脱皮した描写も書かれています。
ミチオは「生まれ変わり」を信じていましたが、
ラストでは自分の身の周りに起こる生まれ変わりの現象に疑問を持ち始めています。
「あれ……」
僕は、ある疑問に思い至った。僕の周りの誰かが死んで、また僕の周りに現れる確率というのはいったいどれほどのものなのか。
そんな疑問を抱いたのは、初めてのことだった。(中略)
僕は、何かに気づきはじめていた。
引用元:向日葵の咲かない夏
物語
ミチオは現実逃避のために自身の中で物語を作っていました。
みんな同じなんだ。僕だけじゃない。
引用元:向日葵の咲かない夏
自分がやったことを、ぜんぶそのまま受け入れて生きていける人なんていない。どこにもいない。
失敗をぜんぶ後悔したり、取り返しのつかないことをぜんぶ取り返そうとしたり、そんなことやってたら生きていけっこない。
だからみんな物語をつくるんだ。
昨日はこんなことをした、今日はこんなことをしてるって、思い込んで生きてる。
見たくないところは見ないようにして、見たいところはしっかりと憶え込んで。
みんなそうなんだ。僕はみんなと同じことをやっただけなんだ。僕だけじゃないんだ。誰だってそうなんだ。
大人びた3歳の妹ミカ、不思議な力をもつトコお婆さん、想いを寄せる後ろの席のスミダさんとの会話は全てミチオの妄想でした。
S君が亡くなった後に遺体が消えたことで、
ミチオは自分のせいでS君が命を絶ったと認めたくなかったので「S君は殺された」という物語を作り出します。
しかし収拾がつかなくなり、ミチオは自らの手でおじいさんを全ての犯人に仕立て上げ物語を終わらせます。
ミチオは現実逃避の為に物語を作っていましたが、現実で自分がした行いは理解していました。
そしていつかはツライ現実と向き合わなければいけないことも分かっていて、
最後に物語を壊そうと家に火をつけました。
スミダさんの犯人
1年前のスミダさんの交通事故の犯人は岩村先生だったと思われます。
ナイス @chiba00chiba 【向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)/道尾 秀介】道尾秀介先生の幻想ホラーミステリの傑作!!…なのだが〜スミダさん轢き逃げ犯人て岩村???てゆーか変態ロリホ →http://t.co/lXFaep9rcZ #bookmeter
— miroku (@miroku678) June 21, 2014
おじいさんはスミダさんを轢いた「セダンに乗り込む身体の大きな男」を目撃しています。
そして岩村先生も「灰色セダンに乗っている身体の大きな男」で一致しています。
憶測ですが岩村先生はスミダさんを轢いてしまったことで自身の中で何かが壊れたのかもしれません。
欲求の衝動を抑えられずS君に手を出し始めたか、すでにS君と関係があったがエスカレートし、
それに耐え切れなかったS君は動物に手をかけるようになったと考えられます。
岩村先生はミチオ達が小学校3生の時からの担任です。
S君は小学2年生の頃から子猫を虐めていて、ダイキチに腐った肉に反応するよう躾けていたのは1年ほど前でした。
岩村先生とS君がいつから関係があったかは不明ですが、
スミダさんを轢いてしまった後でS君との関係に何らかの変化があったと思われます。
それがきっかけでS君は犬猫に手をかけるようになったのかもしれません。
名前

作中ではS君だけイニシャルで表記され、ミチオの本名も終盤で明かされています。
理由について調べてみました。
S君
作中ではS君だけ名前の表記がイニシャルです。
この理由については作者の道尾秀介さんが対談で
「誰の顔も連想してほしくなかった」、
「突飛な名前だと雰囲気にそぐわない」と明かしています。
道尾
引用元:読書のいずみ
たとえば『向日葵の咲かない夏』には「Sくん」が出てきます。あれをSにしたのは、彼に関しては誰の顔も連想してほしくなかったからです。だからといって知り合いにいないような突飛な名前を付けるのも記号的になってしまって物語の雰囲気にそぐわなかったので、イニシャルにしました。
ミチオ
ミチオの本名が「摩耶道夫(まやみちお)」だと明かされたのは終盤でした。
名前の「ミチオ」はおそらく作者の「”道尾”秀介」から取ったと思われます。
苗字の「摩耶」は作中で”釈迦を産んだ母の名。仏を産んだ者。神を産み落とした人間。”とあります。
「”摩耶”夫人」からとったようです。
タイトル表紙と内容のギャップがメイドインアビス感あった
— @to (@at34913) October 2, 2024
向日葵の咲かない夏の主人公の摩耶は仏教=六道輪廻でかけてるんだろうなと思った
摩耶夫人は釈迦の生母です。釈迦を産んだ7日後にこの世を去りました。
釈迦を産んだ功徳により天上の忉利天(とうりてん)に生まれ変わったと言われています。
忉利天(とうりてん)とは、
仏教の世界観において、 欲界における六欲天の第2の天。意訳して三十三天ともいう。
引用元:Wikipedia
帝釈天をはじめ、33の天部や神々が住むとされる。
摩耶夫人も死後ここに転生したとされている。
終盤で苗字が「摩耶」だと明かされたのは、
叙述トリックの「生まれ変わり」が明かされるサインのような役割で物語を盛り上げるための1つの要素だったようです。
ラストは?

ミチオはカマドウマに生まれ変わったおじいさんに、全てを明かします。
最後に物語を壊そうと、持っていた花火とライターで家に火をつけましす。
燃える家の中で両親に「嫌いじゃなかった」と告げてこの世を去ろうとしますが、
最後には母親が部屋の窓を開け、父親がそこからミチオを外に投げ落とし、ミチオとトカゲのミカは生き延びました。
1週間後、葬儀を終えてミチオは関西の親戚の家に引き取らることになり最後に家の前で両親の生まれ変わりと会話をしています。
一緒に生き延びたトカゲのミカは事件のちょうど1年後に亡くなりました。
感想
最初読んだ時は怖すぎて何度も中断してしまいました。
読み返してみるとおじいさん視点も物語を作っている描写や、
母親がお人形をミカとして接している描写などいろいろ伏線が散りばめられているのを見つけられて面白かったです。
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